船附ひな子 1997年府中市生まれ。高校1年生のときにアスレに入団。2016年には日本代表候補にも選出された。PIVOとしてフットサルを極めたいと、昨年スペインのクラブへ移籍し、1年間戦った。
「皆本選手よりもスペイン語うまく話せる?」と聞くとはっきりとは答えなかったが自信はありそうなので、きっと皆本晃よりも上手く話せるのだろうと思う。好きな言葉は poco a poco(少しずつ)。
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世界一のPIVOになりたいから。スペインで身につけた技術とメンタルで、日本リーグ優勝を目指す。

船附ひな子が小学生の頃、通っていたサッカースクールに、森岡薫という少し強面のコーチがいた。

ある日森岡コーチは「俺は名古屋でプロのフットサル選手になるから」とみんなに告げて、コーチを辞めていった。彼がまだプロフットサル選手になる前、FIRE FOXでプレーしていた頃だ。

あれから12年、森岡薫は39歳になった今もなお、最強のPIVOとして、日本フットサル界に君臨し続けている。アスレにとっては天敵であり大きな壁だ。

船附は高校1年から競技フットサルを始め、現在は大学に通いながら女子トップチームである府中アスレティックFCプリメイラに所属し、PIVOのポジションでプレーしている。

世界一のPIVOになりたい、という目標を叶えるために、昨年は単身スペインへ渡り1シーズン本場でプレーしてきた。

そして「今年こそ日本リーグで優勝したい」と強く願っている。

昨シーズンプリメイラは、開幕した日本女子フットサルリーグで快進撃をみせ、リーグ戦を一位で終えた。そしてプレーオフ決勝に挑んだが、アルコイリス神戸に敗れて準優勝に終わった。日本一まであと一歩だった。

船附は8月にスペインへ移籍したため、優勝決定プレーオフには出場できなかった。だからこそ、船附の今期にかける思いはとても強い。

女子フットサルという現実

船附が所属するチーム、府中アスレティックFCプリメイラは、全国リーグである日本女子フットサルリーグと、関東女子フットサルリーグの2つのリーグを同時に戦っている。

日本トップカテゴリとはいえ、完全なアマチュアの世界だ。

男子のトップリーグであるFリーグですらプロ化ができず、大半の選手は何らかの仕事をしていることがほとんどだ。しかしスクールコーチなどの仕事でそれなりに「フットサルで生活をしている」選手も少なくない。

しかし女子選手はもっと過酷だ。

平日昼間は仕事や学業、そして夜に練習をし、休日は選手として試合に挑む。

都リーグや関東リーグは運営も含めて自分の事は自分でやらなければならないし、観客も選手の家族が中心で、スタンドは閑散としている。

東京都リーグなら試合会場は近場が多いが、今年から昇格した関東リーグの試合会場は茨城や栃木など関東一円、さらに日本女子フットサルリーグの試合会場は函館、愛知、神戸、福井など長距離遠征が多い。アマチュアスポーツながら全国遠征をするには、クラブスタッフ、下部組織のメンバーはもちろん、家族など多くの人の支えがあってはじめてできることだ。

だからこそ、船附をはじめすべての選手は多くの人への感謝の思いを持って全力でプレーをしている。

そんな彼女たちの気迫のこもったプレーは、試合終了まで気の抜けない展開が多く、面白い。しかし、わずか200人程度の観客しか見ていないというのは、あまりにももったいないと思う。リーグの知名度や観客数だけではわからない、真剣勝負の世界がそこに存在するというのに。

ストライカーに憧れていた子供の頃

船附ひな子は府中生まれの府中育ち。小学校三年生の頃に弟の影響でサッカーを始めた。父親もやはりサッカー好きで、味の素スタジアムで開催される東京ヴェルディの試合やイベントによく連れて行ってくれたという。ちなみに子供の頃好きだったサッカー選手は森本貴幸とフッキ、フィジカルの強いストライカーにその頃から憧れていた。

船附はサッカーに夢中になり、より高いレベルを求めて6年生の頃にバディ世田谷という強豪クラブに入団。いくつかの大会で優勝するなどの結果を残し、中学生になるとクラブチームのスフィーダ世田谷FCに入団。チームメイトと切磋琢磨してサッカーに明け暮れた。「自分よりももっと上手い選手がいました」という高いレベルの環境の中で、練習に打ち込み、とても充実した毎日をおくっていた。

中学3年生のとき、なでしこジャパンがワールドカップで優勝し、世界一になった。府中市出身の澤穂希選手の活躍にサッカー少女は胸を高鳴らせたが、同じころ、英語を学ぶことの楽しさに気付いた。受験勉強という時間は、小学生から打ち込んできたサッカー以外にも、語学を学んで将来は海外で仕事をしたいという夢を持つきっかけを与えてくれた。

しかし、根っからのサッカー少女だった船附の高校生活がスタートすると、サッカーの無い毎日が物足りなくなった。やはり自分はサッカーが好きなのだとあらためて気付き「ボールを蹴りたい」という気持ちになった。母親の知人やスフィーダ世田谷FCの先輩がいた縁もあり、地元府中のフットサルクラブである府中アスレティックFCの女子チームで競技フットサルを始めることになる。高校一年生の夏だった。

サッカーよりもボールに触れる機会が多く、展開の早い競技フットサルは船附の性格と合っていたようで、すぐに夢中になった。もちろん初めはフットサル特有の動きや技術に慣れずになかなかうまく動けなかったというが、徐々に実力をつけて2015年、大学生になったシーズンにはトップチームである府中アスレティックFCプリメイラに昇格した。

もっと上手くなるためにスペインへ行くと決めた

府中アスレティックFCプリメイラでの日々は、とても充実していた。もちろん競争はあるが選手同士はとても仲がよく、チーム全体が上昇気流に乗っていた。2016年には、翌年から開催される日本女子フットサルリーグのプレ大会が開催されたが、福井丸岡RUCKやアルコイリス神戸という強豪には力の差を見せつけられ1-7、2-6と大敗し、船附自身もプレ大会では3ゴールに終わった。

「まだまだ自分のレベルは高くない」と思っていた船附だが、この年の終わりに初めて日本代表候補合宿に選出され、プレ大会に続きより高いレベルのフットサルを経験することができた。上手くなりたいと思うようになった。

どうすれば海外でプレーできるのかを模索

高校生の頃、フットサルで海外へ行くという道があることを知った。

中島詩織選手という存在を知ったからだ。

日本女子フットサルの先駆者ともいえる中島選手は、フットサル女子日本代表としても活躍し、2011年からはスペインに渡り長年第一線で活躍している。インターネットでそのことを知った船附は中島選手に憧れ「自分もフットサルでスペインへ行こう」と目標を定めたのだった。その後も大学生活を送る中で語学習得のために短期留学をしたりと、着々と準備を進めていた。

しかし、小学生からやってきたサッカー、そしてアスレで始めたフットサル、自分の実力がどのレベルにあるのか?どう評価されるかは、正直よくわからない。だから自分が動いてチャレンジするしかないのだ。ビデオを送り、まず練習参加させてくれるクラブを探すことから始めた。

2017年3月にはスペインへ渡り、スペインリーグの試合を観戦し、アリーナの熱気や雰囲気を感じた。そしてクラブの練習にも参加し、プレーやテクニックのレベルを肌で感じた。

練習に参加する中で、フィジカルやシュートの強さ、ドリブルの技術やスピードなど、自分の「足りない部分」もたくさん見つかった。しかしそれ以上に「自分のプレーはスペインでも充分通用する」と確信を持った。

そうと決まれば行動あるのみだ。自分のプレースタイルや現有戦力などを比較検討した上で、行きたいチームをいくつかに絞り、再度自分の売り込みを始めた。

そして2017年8月、再びスペインへ渡り、スペイン一部リーグで戦うUCAM El Pozo Murcia (ウカム エルポソ ムルシア)の練習に参加した。スペイン代表が2人、代表候補が3人もいる実力あるチームだ。

そして、練習でのプレーが認められついに正式契約をすることとなった。日本一のPIVOになるために、そのためのステップとして1シーズンスペインでプレーする機会を手に入れたのだ。

ちなみに、エルポソ ムルシアの男子チームは、多くのタイトルを獲得した実績があるスペイン有数の強豪の一つで、先ごろフウガドールすみだに所属する日本代表PIVOの清水和也選手が期限付き移籍を発表したクラブである。

スペインではじまった暮らし

異国スペインでの日々は刺激的だった。

とてもフレンドリーなブラジル人と、スペイン人のチームメイトとの3人でのシェアハウス暮らし。チームの練習は21時から始まるが、船附は朝から忙しい。午前中は語学学校へ通い、午後はチームの下部組織の練習にも参加する。言葉はもちろんプレー中のコミュニケーションなど覚えなければならないことはいくらでもある。船附は慣れない異国の地ながらも積極的に溶け込む努力をし、少しずつ少しずつスペインのフットサルに慣れていった。

はじめての公式戦出場はアウェイゲーム、意外と緊張もなかった。ただ、練習でできたことができず、シュートも外してしまったから緊張はあったのだろう。チームメイトからのパスをダイレクトに打てばよかったのに、一瞬躊躇してしまい、そのわずかなタイミングでブロックされてしまった。
チームメイトにも「あれはダイレクトで打て」と言われたが当然だと思った。とにかく、こちらの選手は年令に関係なく良いことも悪いことも、言うべきことはハッキリという。もちろんプレーも参考になる。自分をどんどん出す。ドリブルを自分から仕掛けることが多いし、常にシュートを狙う強い意志がある。

日本ではPIVOとして前で張るプレーが多い船附だが、このチームでは様々な役割を求められた。その中で明らかに自分のプレーの幅が広がったことを実感している。フィジカルの強さだけでなく、基礎的なボールの運び方やポジショニングの技術を磨いていった。

幅が広がったプレーを見てほしい

2018年6月27日に、所属する府中アスレティックFCより、プリメイラに復帰することが発表された。

スペインでの所属チームからは、契約延長のオファーもあったしチームメイトにも慰留されたというが、もともと1シーズンのみと決めていた移籍だった。スペインで積んだ経験を、すぐにチームに還元したいと思っている。

「もちろん1年やって、戦術やチームメイトとの連携も慣れてきて、もっとスペインでやりたい気持ちはありました。でもプリメイラで日本一になりたい、そのために学んだことを活かしたいと思います」という。

プリメイラで結果を残し、日本代表でも戦いたい。世界に通用するPIVOとなるために、船附ひな子はまだまだ成長し続ける。

スペインであらためてフットサルの基本を学んだことで、チーム全体として何をどのようにすれば、より良くできるかというアイデアも浮かびやすくなった。チームメイト同士のコミュニケーションも上手く取れているし、良いメンバーが揃っている今年こそは優勝したいと思う。

だから、もっと多くの人に自分たちのプレーを見てもらいたいと思っている。

「男子トップチームのファンの方も、ぜひ女子の試合にも来ていただきたいです」と彼女がいうように、女子の試合は男子に負けず劣らず熱い。バチバチの激しい当たりや細かく速いパス回しなど、フットサルの魅力は女子でも同様だ。

彼女たちが真剣に、そして楽しくフットサルに打ち込む本気のプレーをぜひ感じてもらいたい。

そして、スペインで成長した船附ひな子のプレーを、ぜひアリーナで確認してもらいたい。


船附ひな子のTwitterアカウント

 

TEXT&PHOTO   KEN INOUE  2018.7.6